スポンサーリンク


あるドラマを見ていて、主人公よりもその母の思いに共感しました。

50代は親としては子育ての終盤、もしくは終了の時期。
子どもしては親の老いや介護に直面する時期。
そして自分自身としては体の変化があり、心身ともに負担を感じる時期です。

ドラマを振り返りながら、今後の人生への思いを書いていきます。


hand-505277_640.jpg



あるドラマを見ていて


息子は脳神経外科医。
貧しい生い立ちから人一倍努力して、のし上がってきた人物。

冷徹な完璧主義者で、貧しい母や妹の存在を隠しておきたがっている。
母と妹が住む家に自分の部屋がありながら、そこで暮らすわけでもなく、母が用意した自分の部屋を見ようともしない。

そんな息子の働く病院に、脳腫瘍患者として運ばれてきた母。
かなりの悪性。
それでも息子に気を遣いながら病院で闘病。

手の施しようもない状況にある身なのに、ある日突然姿を消す母。
翌日病院に戻ってきた母は、家に帰っていた。
「洋服ダンスの整理をしていなかったから」と。

やがて母親は亡くなり、息子は初めて入った自分の部屋の洋服ダンスを開ける。
そこには、きちんとアイロンがけされた何枚ものワイシャツがずらっと掛けてある。

病院で車いすに乗った母が息子の襟元に手を伸ばし、襟をさすりながら
「ちゃんとアイロンがかかったものを着ないと・・・」と言っていた言葉を思い出し涙する息子。

病院から抜け出した母が息子の部屋で、ワイシャツにアイロンがけしている姿がオーバーラップで映し出される。


主人公の母の思いに共感


いつ亡くなってもおかしくない状態なのに、息子のワイシャツのしわが気になって黙って病室を抜け出す母の思い。

十分に理解できて、気持ちが揺すぶられる思いでした。
自分が亡くなることを知って、それでも気になるのは子どものこと、家族のこと。

それは子どもがいくつであろうと関係なく、十分大人である子どもに対しても同じように感じるものなのでしょう。

特別な思いではないけれど、母親の子どもに対する素朴な愛情に、シンパシーを感じた次第です。

頑なに母親の存在を打ち消すようにしてきた息子が、母の死後に子どもの頃を思い出しながら、母のブラウスの模様がきれいだったと語るシーンも印象的でした。


50代・母として、妻として、娘として、そして自分自身として


50代。
年齢的に体の変わり目でもあり、体も気持ちも変化がある年代。

若い頃のように、何か大きな目標を持って進んでいくには、もう躊躇してしまいがちです。
それよりも、人生の閉じ方について考え始める年代だと思います。

子どもの手が離れたら親の介護。
親の介護問題が終結したら、今度は自分の老後の問題。
そんな言葉を先輩世代の友人知人からよく聞きます。

親をきちんと見送らなければ。
子どもたちが自立して新しい家族と暮らす姿も見たい。

でも、老後の自分の時間、夫婦の時間も楽しみたい。
それにはまず元気でいなくてはね。

先日夫と交わした会話です。


まとめ


先のことは誰にもわかりません。
わからないから不安もありますが、だからこそ希望を持てるのでしょう。

50を過ぎてから、老い支度を意識するようになりました。
親たちが老いていく姿にも学ばせてもらっています。

目の前にあることをひとつずつこなしていきながら、先々の準備も始めたいと思います。

スポンサーリンク



にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ


follow us in feedly
カテゴリ
タグ