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遠距離に住む実家の母は、レビー小体型認知症と診断されています。
高齢の父がほぼ一人で在宅介護を続けてきました。

その母は2016年3月、認知症対応のグループホームに入居しました。
母が認知症対応のグループホームに入居して以来、父は毎日母のもとに通っています。
そんな父の様子をこちらに記しています。




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父の訪問を心待ちにする母


病気の進行のせいで時間の観念もなくなってきている今、いつもどおりの時間に訪問しても
「遅かったじゃない!」と父に文句をいうこともあるそうです。

それほど父の顔を見ておしゃべりすることを楽しみにしているのでしょう。


父にはリフレッシュ時間が必要


母に必要とされていることを嬉しく思っている父ですが、短時間とはいえ毎日の施設訪問が心身に負担を与えていないということはないでしょう。
在宅介護ではなくなったものの90歳近い身ですから、疲れがたまっていないとは言えないと思います。

我が家で父を少し休ませたいという思いは以前からありました。
母のグループホーム入居直後はさすがに無理だとは思いましたが。

ただひとつの懸念は、父が母から数日であっても離れられるかということです。
が、心配しているのは周囲のものだけで、意外なほど父があっさりしていることが分かりました。


リフレッシュすることに罪悪感を感じる必要はない


先日、明治の日本画家の別邸を使った料亭を訪ねました。

料亭・坪庭.jpg 料亭・ランチ.jpg

お店のたたずまいもお料理も父が気に入りそうなもの。
機会があれば一緒に行きたいとダメもとで声をかけたところ、
「お母さんには『明日は行けないよ』と言っておけば大丈夫だから、行ってみたい」という返事。
ちょっと意外でした。

母はもう遠出はできません。
そんな母を置いては行けないだろうと思っていました。
自分一人だけ楽しむことに罪悪感を感じるのではないかと。

ところが、意外とさっぱりとしている父。
それでいいんだと思います。
そのぐらいの感覚でなければ、身がもたないでしょう。

在宅介護ではなくなったものの、母を精神的に支えているのは父です。
高齢の父にとっては、毎日母のもとに通うことが「介護」そのものだと思っています。
両親ともに高齢ですが、介護生活はまだまだ続きます。
介護者である父の健康を保つためにも、日常から離れてリフレッシュする時間は必要です。
そこに罪悪感を感じる必要はないと思っています。


フォローの仕方は両親別々でも構わないと思う


在宅介護のときには、両親に対して同じように支えてあげたいと思っていました。
両親が別々に暮らす現在、フォローの仕方は同じではないはずです。
必要としているものがそれぞれですから。

父だけを我が家へ呼ぶことを、私自身が母に対して申し訳ないと思わないようにしなければ、と思います。
母へは別の形でサポートできたらよいのですから。


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