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久しぶりに次男に会いました。
大学進学と同時に家を離れて6年。
大学院の修士課程に在籍し、現在は博士課程進学の準備と修士論文の作成をしています。

次男の進学とほぼ同時期に実家の母の認知症がわかりました。
実家から1時間弱のところに住んでいる次男とは、両親の見守りや生活支援、母の介護などで実家へ行くときに会えるよう事前に予定を調整します。

私が実家へ行くには新幹線と在来線を使って5時間ほどかかります。
現在は同居している義父の介護、見守りがあるためそう頻繁に実家へ行けるわけではなく、息子にもなかなか会えません。

そんな状況をわかっているので、私が実家滞在中に顔を出してくれます。
私だけでなく父も母も孫に会えるのを楽しみにしています。

先日の実家行きの際は予定が合わず実家には来れず、外でランチをしながら会うことにしました。


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祖父母を気遣う息子


会ってすぐに「おじいちゃんどう?」と聞かれました。
この春から我が家で介護をしている義父のことです。

お正月に会ったときには元気だったから、急なことで気になっていたのでしょう。
その後は私の実家の両親のことも。

日ごろから祖父母の近況はLINEなどで伝えてはいますが、文字で知るのと直接私から話を聞くのとでは実感が異なるのでしょうね。


「僕はまだ覚悟ができていない」


4年前に母が心筋梗塞で入院したときは、私が病院に泊まり込んで母の付き添いをしました。
認知症の症状が出ていたため、ひとりにはできなかったからです。

正直言ってそのときは疲労困憊。
そんな私に次男はこんなことを言って驚かせてくれました。
「体を大事にしてよ。おばあちゃんのことももちろん心配だけど。まだ親がいなくなるって覚悟はできていないんだから、元気でいてくれないと」

息子からこんなふうに心配されるとは思ってもみませんでした。
「心筋梗塞」という死にも結び付く病気を祖母がして、その数カ月前にもう一人の祖母が亡くなり、きっと次男なりに「親はいつかいなくなる」ということを実感したのだと思います。


親に介護が必要になったとき自分に何ができるか?


今回会ったときにはさらに驚くことを話してくれました。
私や夫に介護が必要になったときに、自分に何ができるか、何をすべきかということです。
「近くに住まないとね。1週間に1回ぐらいは顔を出せる距離に」

私も夫も世の中の多くの親と同じで、子どもたちにはなるべく世話にならずに老後を過ごしたいと思っています。
両方の親たちを見れば、まったく世話にならないことはあり得ないということもわかっていますが。

実際に介護されなくても、それにまつわる手続きなどはできなくなっていれば子どもたちに頼るかもしれません。

それにしてもまだまだ学生生活が続く次男が、こんなことを考えているとは思いませんでした。
まずは自分のことをしっかりと。
親としての本音です。


20代のころ私は親のことをどう考えていた?


次男と同じ年齢のころの自分のことを思い返してみました。
ちょうど結婚したばかりのころです。

当然のことながら、自分たち夫婦のことしか考えていませんでした。
いえ、まだ結婚したという実感も薄く自分のことばかりだったかもしれません。

そして親はいつまでも元気でいてくれるもの、いつまでも見守っていてくれる存在だと思っていました。
親が亡くなるという「いつか」は必ず来るけれど、ずっと先のことであって、とりあえず今考えたり心配したりすることではないと無意識に思っていたのでしょう。


まとめ


息子の言葉を聞いて、正直ありがたいと思いました。
世話になりたいとか当てにしたいという気持ちはありません。
でも心強く感じました。

そして私や夫の4人の親たちへの接し方を見ていてくれたのかな、何かを感じてくれていたのかなとも思いました。
もしそうであるなら、少しは「親の背中」というものを示せたのかもしれません。
ただの親バカかもしれませんけどね。

親としての息子たちへの希望は、自分が選んだ道を楽しみながら歩んでいってほしいということ。
笑顔をずっと見ていたいということ。
それだけです。

次男が私にかけてくれた言葉は、大事に大事にしまっておきます。

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