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母の暮らすグループホームで、制限付きではありますが面会が再開されました。
義父の施設では、それよりも一足早く面会ができるようになっています。



母が在宅介護から施設介護になって4年と少しの時間が経ちました。
娘である私たち三姉妹の誰かが一緒に暮らすことができたら、もう少し在宅介護が可能かと思われていた時期の施設入居。
ほぼ一人で介護をしていた当時88歳の父が限界だったからですが、どうにもならない思いを抱えていたのも事実です。

仮に誰かと同居したとしても、どれだけ在宅介護を続けられたかわかりませんし、不可能だったことをいつまでも嘆いていても仕方ありません。
その代わりに自分たちができることをしてきました。

できるだけ母に会いに行く。
一人暮らしになった父を、生活面でも精神面でも支える。
父と母に接するにあたり、両親が望んでいるように姉妹仲良くする。
こんなことぐらいですけどね。

亡くなった義母、そして現在グループホームで暮らす義父と母。
それぞれ種類は異なりますが3人とも認知症です。

こんな記事も書いています。

右向き三角1義父が在宅介護から施設介護になって半年|母のグループホーム入居時と共通の思い・異なる思い


今日は3人の親たちの介護を通して学んだこと、そしてこれからの思いについて書いていきます。
親たちをはじめ、家族についてはプロフィールに記してあります。
よろしかったらそちらもご覧ください。

ブログ村テーマ 家族の介護・お世話


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親たちの心の底から出た言葉に認知症の本質を学ぶ


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在宅のころ、母が言った言葉で忘れられないものがあります。
「頭が真っ白な時間があるの」

認知症の進行に伴い記憶力が低下し、また記憶の定着が難しくなってきたころです。
忘れていくことを本人が認識している。
この時期が一番母は辛かったのではないかと推察しています。

義母も義父も同じようなことを言っていたのを覚えています。
「頭がバカになっちゃったみたい」
「記憶力が悪くなっているんだ」

この時期には、自分が真実だと感じていることが周囲の人とは違うことを認識しています。
当初は自分の中の真実を主張しますが、それが違っているかもしれないと感じ始め、でもなぜ違っているかがわからず、悲しんだり怒ったり、周囲に当たったり。
次第に間違ったことを言ってしまうのではないかと、無口になったりもします。

このころ夫に言われたのは、「言葉そのものを受け止めちゃいけないよ」というものでした。
私が母と電話でケンカしてしまったときのことです。
頭では冷静にならなくては・・・とわかっているのに、母からのきつい言葉に対して私の口からもきつい言葉がこぼれていきました。

「お母さんが感じていることが、お母さんとっての真実なんだよ」
夫にはそうも言われました。

一番辛いのは私じゃなくてお母さんなんだ。
わかっている。
わかっているのに・・・できなかった。
母を傷つけてしまった。
自己嫌悪です。

ブログ村テーマ 親の介護と向き合えば。


経験を重ねることで認知症への対応に慣れてくる


「認知症の3人の親たちの介護」と書きましたが、義母の介護は義父が全面的に担っていました。
私や夫は帰省したときしか義母と接することはありませんでしたから、「介護」をしていたわけではありません。

母の場合も娘である私たち三姉妹がサポートをしていたとはいえ、父が介護のほとんどをしていました。

それでも義母と義父、母と父の様子から学んだことはたくさんあります。
穏やかな様子ばかりではなく、見たくなかった、聞きたくなかった状況もありました。

義母と母への対応という経験があったから、義父を我が家に引き取り在宅介護を始めても大きくぶつかることはありませんでした。
もちろん細かなことではイライラしましたけどね。
でも、当事者の辛さはだいぶ理解できるようになっていました。

右向き三角1 【あさイチ】離れて住む親の介護・親の呼び寄せ|我が家の場合


認知症の介護で心がけていたこと


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特に心がけていたのは、変化が苦手な認知症の義父がいつもと変わらない生活ができるようにしたこと。
そして安心感を覚えるような声掛けをしたこと。

「忘れたって大丈夫。私たちが覚えているから知らせてあげるよ」
「大丈夫」という言葉にいつも安心した表情を見せてくれました。
時には目に涙をいっぱい浮かべながら。

「いつもと変わらない生活」とは、健康な人にとっては逆にストレスになります。
変化があるからこそ、適度な刺激になって日常を楽しめるものです。

それを理解してくれていて、「毎日変わらない生活がどれだけ大変か」と声を掛けてくれたのが離れて暮らす次男。
わかってくれている。
そう感じるだけで救われる思いがし、力も湧いてきました。


もうひとつ心がけていたのは、ケアマネさんや主治医を頼ること。
そのために困ったことは何でも伝えました。

「助けてほしいです。デイサービスを増やさないと私がもう無理です」とケアマネさん電話をかけたこともありました。
義父がデイサービスへ行っている間に主治医のところへ行き、本人の前では話しづらいことを伝えたことも1回や2回ではありません。

グループホーム入居が決まり、ケアマネさんの最後の訪問のとき、「何でも具体的に話してくれたことで、こちらもどういったことを提供すればいいかが理解でき助かりました」と言われました。

何に困っていてどうしてほしいのか。
これを伝えることが肝心なのだとその言葉からわかりました。

義父の在宅介護を経験して、あぁ今なら母にもっと違った対応ができただろうなぁということも感じました。
経験を重ねることで耐性も身につきますし、対応方法にも慣れていくからでしょう。

ブログ村テーマ 介護日記


在宅介護ではできないことが、施設介護でできることもある


義母は亡くなりましたが、母も義父もグループホームでスタッフに見守られながら穏やかに生活しています。
在宅では決してできなかった経験もたくさんしているようです。

在宅介護では家族も生活していますから、毎日を回すことで精一杯。
健康で安全に生活することが最優先になってしまいます。

それがデイサービスやショートステイなどの介護サービスを使ったり、施設で暮らしたりすることで、家ではできない楽しみを味わうこともできますし、家族のレスパイトにもなります。

グループホームではいつも、「たくさん笑顔を見せてもらえるようにあれこれ考えています」とスタッフの皆さんが言ってくれます。
行事も決まり切ったものだけではなく、喜んでもらうためにもっといい方法はないか、もっと工夫はできないかという気持ちで考えてくださっているのを、スタッフの方と話すたびに感じます。


介護に正解はなく、ベターな方法を探り続けていく


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在宅介護ができなくなって親に申し訳ないと思ったこともありました。
でも穏やかに暮らす親たちを見ていると、そんな気持ちも和らいできます。

どちらが良いも悪いもありません。
「介護に正解はないと」いう言葉をよく耳にします。
マニュアルに沿った介護でうまくいかないこともある、誰にでも当てはまる正解はないということだと思っています。

家族関係、親子関係、介護者と要介護者の性格、家のスペース、経済的な問題等々。
それぞれの家庭によってより良い方法は違うと思います。

我が家の3人の親たちは、それぞれ在宅介護を経て施設介護となりました。
施設入居は介護の終わりではありません。
形が変わるだけで介護は続いていきます。

病気の進行や体の衰えに応じて、今後の対応も変わっていくことでしょう。
その都度考えながら、ベストは求めずベターな方法を探っていきます。

ブログ村テーマ 親の介護


まとめ


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できるだけ会いに行く。
コロナ禍で義父にも母にもこれができなくなって4ヶ月。
それでもどちらの施設も、制限はあるものの面会ができるようになってきています。

母とは遠距離にいますのでまだ会えていませんが、ひとつ山を越えたように感じています。
早速会いに行った父からの報告では、以前と変わらず元気だったとのこと。
家族皆が一番懸念していた「父を忘れてしまわないか」ということも、大丈夫だったようです。

スタッフからは「3〜4ヶ月では忘れたりしないから大丈夫ですよ」と声を掛けられたとのこと。
そうはいっても病気の進行を考えると、それもやむを得ないとは思っていました。

今一番心配なのは92歳で独居の父のことです。
幸いに比較的健康ですが、年齢を考えるといつ何があってもおかしくないです。
どんなことが起こっても対応できるよう、様々なパターンを想定し、今できるシュミレーションもしています。

でも予測とは違うことが起きるかもしれません。
できることしかできない。
でもできることは最善を尽くしたい。
そう思って親たちと向き合っています。

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