50代の心模様のカテゴリ記事一覧

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カテゴリ:50代の心模様

ただただ応援する、切ないけれど強い母心|送り出す季節を迎えて


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進学、就職、転勤。
この春からお子さんが1人暮らしをするという方も多いことでしょう。

心配は尽きないけれどあっさりと送り出す人。
寂しさや心配でいっぱいな人。
思いはそれれぞれでしょうけれど、子ども思う親の気持ちには変わりありません。

新聞の投書欄にもそんな娘さんを持つお母さんの思いが綴られていました。
5年前に息子を送り出したときの気持ちを思い出しながら、投書を読みました。


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寂しさと切なさと


進学で一人暮らしを始める準備をする娘さん。
娘さんにとってほんの小さな存在になった自分を自覚して悔しい気持ちを持つ筆者。

ただただ筆者の後を追っていた娘さんの姿はもうない。
そんな娘さんの未来に嫉妬の思いを抱く。
ひたすら応援していたはずなのに、しっかりと自立の道を歩み始めた娘さんに対して感じる悔しさ。

そんな気持ちを感じながらも筆者は見送りのときに、娘さんのまなざしの中に一瞬だけ幼かったころの面影を見つけます。
愛おしい気持ちでいっぱいになる筆者。

1年前のことだそうです。
今では娘さんも楽しく生活しているということです。
筆者であるお母さんも娘さんのいない生活に、きっと慣れていったことでしょう。


母の思いと子の思い


しっかりしているように見えても、娘さん自身も当時は不安があったのでしょうね。
でも不安より未来への希望や期待の方が大きかったのかもしれません。

それに対してお母さんは心配で心配で・・・といったところでしょうか。
自分がいなければ夜も日も明けなかった幼いころ。
成長してそんな時分はとうに過ぎているのはわかっていても、どこかで自分を必要としてほしいと思うのは母親なら誰しも持つ感情でしょう。

いつまでも親がいないとどうにもならなければ、それはそれで心配なはず。
それでも頼りにしてほしいと思ってしまうのでしょうね。


最近感じた同じような思い


息子の帰省時、帰りに駅まで送って行ったときの私の気持ちも同じようなものでした。
もう何年も一緒に暮らしていませんから、そんな気持ちや生活にすぐに慣れるんですけどね(笑)。




子を思う親の気持ちはいくつになっても変わらない


息子たちのことを普段考えないわけではないし、夫婦の会話にも度々出てきます。
そこには寂しさはあまり感じず、むしろ元気に頑張っていってほしい、ますます成長していってほしいという思いが大きいです。
それでもたまに帰ってくると、様々な感情が交錯します。

こんな記事も書いています。
母の複雑な思いです。


信じて見守る


先日ツイッターのタイムラインに流れてきた言葉に大きく共感しました。
「信じて見守る」ということは「ありのままの我が子を認めて見捨てない」というものでした。

リンクをクリックすると元のツイートが出てきます。
是非ご覧になってください。




まとめ


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旅立ちの春です。
今年も親元を離れる子どもたちがたくさんいることでしょう。

送り出す親たちの心の奥底には、隠された様々な思いがあるはずです。
それでもただただひたすら応援していく。
いつでも、いつまでも一番の応援団として。

旅立つ子どもたちの未来が輝いているものでありますように。

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親の老い、自分の老いと向き合うことで両親から学ぶこと


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老眼が進んで細かな文字や汚れが見えにくくなってきています。
近視もありますので、メガネやコンタクトを場面で使い分けています。

今までにもいくつか老眼に関する記事を書いてきました。


遠くも近くも見えにくくなっているだけでなく、少しずつ体調やものの考え方に「老い」を感じているこのごろです。


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目次


 ・お母さん、ごめんね
 ・叔母ちゃん、ごめんね
 ・経験してみないとわからないこと
 ・経験していなくても推し量ること
 ・まとめ


お母さん、ごめんね


食器洗いは食洗機がメインですが、手洗いも併用しています。
乾いた食器を片づけようとして時々気づくのが洗い残し。

掃除をしていてもそうです。
きちんと掃除をしたつもりが、床の隅にホコリや髪の毛が落ちている。

よく見えていないこと、さらにその状態なのに気を付けなかったことが原因ですから、がっくりと肩を落とすことになります。

実家や義実家で汚れが残ったお皿や小鉢を見かけたことがあります。
義母にはさすがに言えませんでしたが、母に言うと
「よく見えないのよ」と。

そんなはずないでしょ、言い訳しちゃって・・・と内心思っていましたが、当時は自分がいずれ同じようになるとは思いもしませんでした。
お母さん、ごめんね。

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叔母ちゃん、ごめんね


叔母によく言われたのは、
「年賀状に書いてある文字が小さくて見えないのよ、もっと大きな字で書いて」ということ。

そんなぁ・・・と思いましたが、今の私ならわかります。
ここ数年は自分が細かな字を書きにくくなったのもありますが、年賀状にひと言添えるときは大きめの字で書くようにしています。

そういえば、同年代の友人たちから来る年賀状の文字も心なしか大きくなってきたような・・・(笑)。

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経験してみないとわからないこと


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40代のころは、まだ自分が老いることを想像できなかったように思います。
体のあちこちに変化が多少出始めてはいたものの、「老い」というものに対して思いが及ばなかったのでしょう。
当時を振り返ってみると、考えもしなかったというのが正直な気持ちです。
むしろ「若さ」というものにしがみついていたかったのだと思います。

50代になり目が見えにくくなる、手が動かしにくくなる、何もないところでつまずく・・・などを経験するようになって、母たちがそうであったことを実感するようになりました。

とはいえ80代、90代の親たちの気持ちを想像することはできても、実感としてはまだまだピンときていないのだと思います。
きっと同じような年代になってようやく本当のところを理解できるのでしょう。

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経験していなくても推し量ること


理解しきれない、実感しきれないとはいっても、親の気持ちを推し量ることは避けてはならないことです。
親の現実をしっかりと見つめなければなりません。
その上できっとこんな思いなんだろうな・・・と推し量ることは大事なことだと思っています。

そうすることによって、自分が老いていく様を疑似体験できると考えます。
親の老いに向き合うことで、同じような年齢になり体のあちこちが思うようにいかなくなったとき、初めての経験から生じる不安が軽減されるのに役立つことでしょう。

分からないことに対する不安は大きくなりがちですが、疑似体験とはいえ一度通った道があるなら不安は最小限で済むかもしれません。

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まとめ


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親とは生き様を子どもに見せることで、いつまでもいろいろなことを教え、示してくれているのだと感じます。
今まで見守られてきた子どもという立場から親に介護が必要になり見守る立場になっても、その姿から学ぶことは多々あります。

果たして私は息子たちに何かを示し続けることができるだろうか・・・。
今までもできてきたのだろうか・・・。
自信はありませんが、「毎日を前向きにきちんと生きること」がまずは自分にできること、必要なことだと思います。


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子離れできてない?!|次男の自立に感じる嬉しさと淋しさと


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プロフィール」にも書いていますが、息子が2人います。

長男は一昨年結婚し、近県で暮らしています。
次男は大学入学と同時に東京へ。
現在大学院修士課程に在籍しています。

2人が成長するたびに多くのことを感じてきました。



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次男が夫の扶養から外れた


年末年始に次男に会ったとき、収入が増えるので扶養から外れるという話になりました。
収入が増えれば当然のこと。
何の問題もありません。

ないはず。が、私の心は複雑に揺れていました。


お金の問題ではなく気持ちの問題


夫の税金が増えることから、今までバイトは扶養から外れない程度にと言ってきました。
遅かれ早かれ就職すれば当然扶養から外れるので、それが多少早くなったことは大きな問題ではありません。

なのに息子と話をしていて妙にイライラ感が募ってくるのはなぜ?

そのとき夫が発した言葉にハッとしました。
「お母さんはね、扶養から外れることが淋しいんだよ。離れていってしまう気がするんだよ」
心の揺れの原因を見事に言い当てていました。


母心は複雑


子どもが自立していくことは、親にとって嬉しいことです。
その日を心待ちにしている人もいることでしょう。
大学を卒業し就職するということで、子育ても終了と思えるでしょう。

次男の場合は収入は増えるけれどまだ学生。
就職したわけではなく、学費はまだまだかかります。
そんな中途半端さも、私の心のざわざわに繋がっているのでしょう。


母の願いはただひとつ


息子が就職するまでまだ数年かかる予定です。

どんな道に進もうと、母の願いはただひとつ。
健康で幸せに生きてほしい。
息子が生まれる前、生まれた直後にも同じようなことを感じていたことを思い出します。

子育てをしているときは親の勝手な希望や思いをたくさん抱えてきましたが、究極の願いはひとつしかないのですね。

親は子どもの人生を代わりに生きることはできない。
そんな当たり前のことに気づいたのは息子たちがかなり大きくなってから。
自他ともに認める息子べったりの母でしたから(笑)。


まとめ


夫と2人暮らしになって1年余り。
子育て期間をはさんで結婚当初の形に戻りました。
お互いだいぶ年をとったことが異なる点ですが。

子どもたちはそれぞれの道を歩んでいます。
夫婦で向き合ってこれからの生き方を探りながら、新しい道を作っていきたいです。


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捨てられない母の手書きメモ


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実家へ帰るたびに少しずつ片付けや整理、掃除をしています。
時間があるときは、父と一緒に押入れや収納ケースの中などを。
時間がないときは、父が少しでも快適に暮らせるよう身の回りのことを。

そんなときに見つけた1枚のメモ。
そこには子どもの頃から見慣れた母の文字がありました。


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断捨離できないもの、残したいもの



総勢12名の家族の集まり


息子たちがまだ小さかった頃、夏休みやお正月などに実家には私たち姉妹とその家族が集まるのが常でした。
多いときには総勢12名。

私が子どもの頃に親せきが集まると20名以上でしたから、それに比べたら少ないものの、小さな子供たちがいる光景は賑やかなものでした。


それぞれの好みに合った献立を考えていた母


見つけた母のメモに書かれていたのは滞在中の献立。
大人も子どももいましたから、それぞれに合った献立が書かれていました。

朝食は好みに応じてパン食、ごはん食。
共通のおかずメニューもあれば、パンかごはんかに応じて異なるものも。

母の得意な料理も並んでいましたし、鍋料理や鉄板焼きなどみんなで調理しながら楽しめるものも並んでいました。


決して捨てられない母の愛のメモ


母が娘たち家族のために工夫を凝らした献立。
料理そのものは普通のものでも、メモからは母の心配りが伝わってきました。
料理を通して母は愛情表現をしていたのだと思います。

認知症が進み、今では文字を読むことも書くことも難しくなった母。
そんな母がかつて書いた愛情あふれるメモを、私は処分することはできませんでした。
そのメモが入っていた引き出しの中に、そっと戻しておきました。

いつか妹たちにも見せたいと思っています。
今見せたらきっと泣いてしまうだろうから、いつか・・・。


いくつになっても修行中


息子が結婚してから1年。
娘が1人増え、嬉しいことや楽しいことがたくさんあります。
もちろんまだお互いに遠慮がないわけではありませんが。

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私も母と同じようにできるでしょうか?
同じじゃなくていいんですよね、きっと。
でも、母がしてくれたこと、義母がしてくれたことをお手本にしていくのだと思います。

主婦業、親業、姑業、どれもまだまだ修行中です。


50代の様々な思いがこもったブログを読むことができます。
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夏休みの宿題、親が手伝うのはOK?NG?


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8月最後の週末。
夏休みの宿題の仕上げに追われているお子さんがいるご家庭も多いことでしょう。
地方によってはもう新学期が始まっているところもあるでしょうね。

息子たちと一緒の夏休みを過ごしていたのはもう遠い過去のこと。
その頃のことを思い起こしてみました。


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宿題を手伝う?手伝わない?


子育て時代のことを思い返せば、私は宿題を手伝っていました。
それは宿題の種類によります。

ドリルやワークブックの類は子ども本人がするのは当たり前。
もちろん質問するのはOKですが。


「手伝う」というより「一緒に楽しむ」


手伝っていたのは、自由研究や読書感想文、工作など比較的自由度のあるものです。
よく話に聞く「いつの間にか親が仕上げた宿題になってしまった」という結果になるようなことはしません。

大事にしていたのは、「手伝う」ことではなく宿題を間に置いて親子で同じ時間を共有すること。
一緒に楽しむことです。


読書感想文


読書感想文を一例にとれば、同じ本を親子で読んで感じたことを自由に話し合うのは実に楽しい時間でした。

子どもの感じ方、ものの考え方も把握することができます。
笑うツボが同じだと、改めて親子だなぁと感じることもささやかですが嬉しい瞬間でした。


一緒に楽しめる時間はほんの一瞬


息子たちが大人に成長した今だから言えることかもしれませんが、同じ時間を共有し一緒に楽しめる時間はほんの一瞬です。
時間が過ぎ去ってからでは取り戻せない貴重な一瞬です。

仕事や介護、下に小さな子どもがいる、上に受験生がいる等々で忙しい親御さんも多いことでしょう。
そうであったとしても、少しの時間でも親子で一緒に楽しむ時間を持つことは忙しい毎日の中で親自身にとって潤いの時間になると実感したものです。

今思い返しても楽しい時間でした。


子育ての一番身近なモデル


子どもが親になったときの一番身近なモデルは、親が自分にどう接してくれたかだと思っています。
私自身も子ども時代の親との思い出は、子育てするときに何度も思い返しました。

あんなことしてくれたな、こんなこともあったな、と。
それは両親が年老いた今でも思い出すことです。

息子たちがいずれ子どもを持つかどうかはわかりませんが、もし子育てをするなら私や夫と過ごした時間を思い出してくれたら、親としてどれほど嬉しいことか。
たとえそれが私たちに伝わらなかったとしても。


まとめ


宿題の仕上げに追われている子どもたち、それを支えている親御さんたちに、少し先を生きている立場として大きなエールを送りたいと思います。
頑張って!



ゆきのの本音

孫の宿題の面倒は見たくないな〜(^_−)−☆



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味の記憶、匂いの記憶|文字から思い出す母の味


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朝日新聞の記事に市販のめんつゆについて書かれたものがありました。
この記事を読みながら、私の口の中や頭の中にある味と匂いの記憶が鮮明に浮かび上がってきました。

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手作りのめんつゆ


その記事によると、めんつゆを各メーカーが商品化するようになったのは1970年代のこと。
市販のめんつゆが一般的になる前は、家庭で手作りのめんつゆを冷蔵庫に保管していました。

我が家でもそうでした。
いつの間にか母が作って冷蔵庫で冷やしておいてくれた・・・としか覚えていませんが、母手作りのめんつゆの味と匂いははっきりと覚えています。
かつお節のいい匂いがいっぱいのちょっと甘めのめんつゆです。

夏になるとこのめんつゆでそうめんや冷や麦を美味しくいただいたものです。
色の付いたそうめんを妹たちと取り合いしたのもいい思い出です。


おふくろの味


この記事を読んでいたら、口の中に懐かしいめんつゆの味の記憶が広がっていった。
そんな話を夫にしていたら、
「そういうのも『おふくろの味』っていうんだろうね」と言われました。

おふくろの味というと男性のものというイメージが私の中にはありますが、母の味は女性にとっても懐かしい記憶ですよね。
認知症で今ではグループホームに入居している母ですが、私の記憶の中にははっきりと母の味が残っています。

母の病気や施設への入居に関しては、旧ブログの【介護カテゴリ】に記してあります。
 ⇒ 旧ブログ・介護カテゴリ


手間暇がかかっていた昭和時代の家事


めんつゆ1つとっても、どれだけ手間暇がかかっていたのか。
冷たいそうめんと一緒に食べるためには、あらかじめ作って冷やしておかなければなりません。
作るだけでなく、そんな時間も必要です。

記憶の中では夏はいつも冷蔵庫に用意されていたように思います。
先を先をと考えながら、当時の主婦たちは家事をしていたのでしょうね。

市販のストレートのめんつゆをそば猪口に入れる私の今の生活。
どちらがよくてどちらが悪いではないのですが、当時の主婦たちの調理にかける時間は今とは比べ物にならないものだったでしょう。

そんなことも母の手作りのめんつゆの記憶とともに考えました。


市販のめんつゆにひと工夫


記事の続きに料理研究家の言葉もありました。
市販のめんつゆにかつお節を加えてひと煮立ちさせると風味が増すと。

この夏はこのひと手間を加えて、さらに美味しいめんつゆを味わおうかと考えています。
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長男の結婚よりも次男の住み替えに心揺れる秋


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長男が結婚すると決まったとき、喜ぶ気持ちと共に複雑な思いがありました。
そのときの思いは、下の記事に書いています。



今では気持ちも十分に落ち着き、純粋に家族が増えたことを喜んでいます。

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50代を考え暮らす



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次男の部屋探し


この秋、次男が部屋探しをしています。
長男の結婚とは全く異なる話ですが、より心が揺れることに驚いています。

住み替え話が出たのは夏。
来年の大学院入学に向けて、引っ越しをしたいと言ってきました。
キャンパスは変わらないものの、通学時間短縮して大学の徒歩圏内に住まいを移したいということでした。

息子の気持ちは十分に理解できます。
通学にもバイトにも移動時間がかなりかかっていましたから。


親の思う条件と息子が選んだ物件


家族のことになると必要以上に心配性な面が出る私。
夫や息子に私の弱点は家族だと言われたことがあるほどです。

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家族

愛しの家族

そんな母親の心情を呆れながらも理解している息子は、今回の住み替えに関してまずは親としての条件を尋ねてきました。
決定してから文句を言われては困ると思ったようです。

成人した息子とはいえ、一番気がかりなのはセキュリティ。
安全に暮らしてほしいという思いが一番強いです。
オートロックのマンションで2階以上、できたら3階以上を希望。

次に設備面。
室内洗濯機置き場あること、バストイレ洗面は別、花粉症で外干しが無理な季節があるから浴室乾燥機もほしい・・・等々いろいろ希望が出てきますが、家賃との兼ね合いもありますからね。

親としての条件を伝えた上で、息子が決めてきたのはオートロックマンションの5階で1K。
浴室乾燥機もなく、バストイレ洗面は一緒です。
設備面は息子本人が納得している様子なので、親としてはもう言うことはありません。


息子との心の距離感


友だちの紹介で不動産会社に行き、自分で決めた物件です。
とっくに成人しているのだから、これくらいのことはできて当然。
でも構いたがりの母ですから、本当なら一緒に行って決めたかった(笑)

そんな母の心を見透かしてか、きちんとその都度報告は入れてくれるので、住まい探しを最初に聞いたときのざわざわした気持ちは徐々に薄れ、今ではかなり落ち着いています。
ざわざわの正体は、自分の手の届かないところで大事なことを決めることに対する単なる心配に過ぎなかったのだと思います。

私のような心配性の母親は、構えないような距離に息子がいる方がいいのかもしれません。
近くにいたら、手も口も出しそうで(^^;


親として伝えるべきことは伝え続けていく!


息子曰く、
「自分でやってみて失敗したら学んで気づいて、またやってみればいいんだから」
親としては、できたら失敗してほしくないのが本音。

「人生の先輩として、両親の意見は参考にしたいと思っているんだからね」という言葉に、伝えるべきことはこれからも伝えていこうと思った次第です。
まだまだ伝えたいことはたくさんありますからね。

まずは、まだ学生の身分なのだから保証人である父親の力で借りられたのだということを念押ししておきました。
決して自分の力じゃないということを。
「そんなの当たり前だよ!」
やっぱり私が心配性すぎるんでしょうかね(^^;




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空の巣症候群予備軍?|母と話したかった、義母と話したかった


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私が結婚するとき、お母さんはどんな思いだったの?
お義母さんは寂しい思いをした?

今になって母や義母に聞きたいことがたくさんあります。
認知症のは母とはもうそんな話はできないでしょう。
数年前に亡くなった義母とももう語り合えません。

私たち夫婦が結婚したときの母や義母の年齢に達してみて、ようやく気づくことがたくさんあります。

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母・母親・おかん

愛しの家族
家族


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空の巣症候群


長男の結婚へ向けていろいろな段取りが進んでいる中、急に大きな寂寥感に襲われました。
一瞬、自分でも怖いと思うほどの寂しさでした。

「空の巣症候群」という言葉が胸をよぎりました。
もしかして私も?


※空の巣症候群とは
エンプティ・ネスト・シンドロームempty nest syndoromeとも。
中高年の主婦が陥りやすい心身の不安定な状態。
子供たちが進学や就職、結婚などで巣立ってゆき、夫は仕事が忙しくて不在がちで、ひとり家庭に取り残された主婦が、空虚感や不安感、抑うつ感などにとらわれて心身の不調を訴える状態をいう。
(百科事典マイペディアより)



たまには泣いてもいい


一瞬で気持ちを切り替えることができましたが、その思いを夫に訴えてもあまり響いていないようです。
男親と女親とでは気持ちが全く違うのでしょうね。

それでも一人になったとき、一度だけ泣きました。
泣いてしまわないとこの思いを断ち切れないと思ったから、あえて泣いたのです。

こんな記事も書いています。



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2人の母が恋しい


家から離れて大学生活を送っている次男も、きっとこちらに帰ってきてまた一緒に暮らすことはないでしょう。
それでも今の彼にとって帰ってくる家は、私たちがいるところだと思っています。

長男の場合、もうここは帰ってくる家ではなくなってしまうのですよね。
今まで毎日当たり前のように出て行って、当たり前のようにただいまと帰ってきていました。
ああ、もうそうではなくなるんだと思ったときに先ほどのような寂寥感を感じたのです。

そんなときに思い出したのが2人の母たちのこと。
この思いを聞いてほしかった。
共感してほしかった。
2人の母たちがたまらなく懐かしく恋しくなりました。

2人とも笑いながら
「慣れるわよ」と言うような気がしますが。


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プロフィール

ゆきの
50代の専業主婦です。結婚して32年目、専業主婦になって30年です。

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